未来回帰線招致委員会

好きなアニメは祝福のカンパネラです

2026年旅程崩壊初め 〜離島道ばた編〜

初めましての方は初めまして、そうでない方はこんにちは。

 

ねいけいです。

 

今回、沖縄離島一人旅をしている中で、自分史上最大の危機となる旅程崩壊を起こしたので、備忘録として記録することにしました。

 

 

なお、今回私が旅程崩壊から生還することができたのは、偶然の幸運が重なった結果です。

おそらく次同じことが発生しても再現することは難しいので、旅程そのもの自体はあまり参考にせず、ドタバタしているうちにこうなったんだなー程度に読んでいただければと思います。

 

また、帰還のために諸々手助けいただいた皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。

 

 

発端

2026/2/7、私は沖縄県宮古島地域を、原付で爆走していました。

真冬の時期、首都圏の寒さに耐えかね、さらにJALでLSP倍付けキャンペーンがあったことも後押しして沖縄離島へのJAL往復航空券を生やし、暖かい南の島で原付でもしばいてのんびりするぞ、と意気込んで宮古島に渡っていました。

 

宮古島のレンタカーショップで50ccの原付を借り、伊良部大橋を渡って伊良部島下地島を好き放題走り回るなどをしました。この日は沖縄とはいえ非常に肌寒く、風も強かったので、当初想定していた「暖かい南の島でのんびり」とは行かなかったものの、色々楽しむことができました。

 

沖縄県宮古島市 伊良部島・下地島エリアの地図。今回私が原付で徘徊したエリア。

今回徘徊したエリア

 

https://x.com/nvs_nk/status/2019995914845516156?s=20

httphttps://x.com/nvs_nk/status/2019995914845516156?s=20s://x.com/nvs_nk/status/2019995914845516156?s=20

 

 

 

 

さて、時刻は16時半頃。現在地は伊良部島の道中。この後は、宮古空港18:15離陸のJTA572便で那覇に向かい、そのまま那覇で羽田行きのJAL便に乗り継いで帰宅する予定となっていました。この便が宮古から羽田へ接続する最終便となります。

 

今から30分程度運転してレンタカー屋に原付を戻し、そこからタクシーで10分ほどかけて空港に戻る算段で、まあ17時半には空港に着けるだろうと考えていました。保安検査締め切り時刻は17:55なので、それなりに時間に余裕を見積もって行動しているつもりでした。

 

 

 

が、

 

 

 

乗っていた原付がぶっ壊れました。

 

原付が故障した地点の位置情報。伊良部島の何もない道路に座標が示されている。

 

遭難地点:伊良部島の道ばた。周辺には道路と森しかない。

 

原付故障地点の風景。道路と森しか見えないような道に、動かせなくなった原付が一台ぽつんと置いてある。

 

詰んだ―――――。

 

 

 

リカバリーまで

原付の異常に気づいたのは、アップダウンの激しい道を走行しているとき。

スロットルを入れているにもかかわらず、速度が思うように上がらない。

しまいには、エンジンがうなりを上げているにも関わらず、タイヤに動力が伝わらなくなり、全く動けなくなってしまった。

 

とりあえず路肩に停めて、「原付 エンジンかかるけど動かない」でググる

★幸運ポイント1

遭難地点が携帯の電波が通じるところだった。

 

調べた結果、動力をタイヤに伝えるバンドが断裂した可能性が高そうだと分かった。こうなった場合、工場に持ち込んで修理するほかない、とのこと。

 

 

遭難地点から返却地点までの距離は約10km。押して戻るには遠すぎる。この時点で、自走での帰還は不可能と判断し、レンタカーショップに電話を入れる。

この時点で時刻は16:39。

 

レンタカーショップに現在位置の情報を送付し、迎えと回収に来てもらうことに。到着までには30分前後かかるとのこと。

さらに原付の回収作業や、そのほか諸々の手続きの時間を考慮すると、18:15発の那覇行きには到底間に合わいそうにない。

この便を諦めることにより、自動的に本日中の帰宅不可が決定

 

 

幸いにも明日は特に予定は無かったため、そのまま帰宅不可となった事実を受け入れ、翌日便への振り替えの検討を開始する。

★幸運ポイント2

遭難日の翌日も仕事休みで、またプライベートな予定もなかったため、翌日便への振り替えを選択肢に入れることができた。

 

 

 

ところで話変わるが、この日は首都圏で積雪の予報が出ており、羽田発着便の運航に影響を与える可能性があった。

そのため、予約便の振り替えが無手数料でできる特別対応が発生しており、当初自分が乗る予定だった便も対象となっていた。ここは大手キャリアの強みである。

 

★幸運ポイント3

偶然の降雪により、予約便振替に手数料がかからなかった。

(自分のやらかしが直接的原因なので申し訳ないが………ありがたく特別対応に甘えることにする)

 

 

 

レンタカーショップの店員が到着するまでの間、30分程度は身動きが取れないので、その間に飛行機の振替先と宿泊場所を検討する。

JALのWebサイトから提案される振替案は、既に間に合わなくなった今日の飛行機か、翌朝宮古出発便かの二択となっていた。

宮古島からの出発を翌日便に振り替えた場合、宮古島の中で追加1泊分の宿を探す必要があるが…………

 

 

ここで、思いつきの案が降ってくる。

 

 

 

 

話はまた大きく変わるが、この日、女性声優の花宮初奈さんのラジオ番組「217find!」のイベントが、何故か沖縄にて開催されていた。

これに伴い、複数名の身内オタクが沖縄に飛んでいる状況だった。

(実は、自分が宮古に向かう往路行程で、このイベントに参加するオタクと那覇ナチュラルエンカウントしていた)

聞けば、今夜はイベント終了後にここの身内で集まり、那覇市内で打ち上げをするとのことだ。今朝も「 もし雪とかで東京帰れなくなったら、こっちの飲み会来たら?笑」と冗談交じりに言われていた。

 

 

 

「あれ、今夜中に那覇に行ければ、この飲み会マジで参加できるのでは……?」

 

 

 

★幸運ポイント?4

偶然、沖縄で女性声優のイベントがあり、身内が複数名那覇に滞在していた。

 

 

 

 

すぐさま、JALアプリで「宮古那覇」の空席を照会する。

 

あった。

RAC804便 宮古20:00発 那覇20:55着 残席2

那覇の着時刻が遅く、羽田行きの最終便に不接続となる便だ。

    

今回、自分の旅程は「羽田⇔宮古」で発券しており、そこの経由地として那覇が存在するにすぎない。

そのため、Webサイトで提案された振り替えの選択肢には、当日中に最終目的地の羽田へ着くことのできない当便は入っていなかった。

もしこれに乗って那覇宿泊とした場合、日付が変わるので、通しで羽田に行く復路旅程を途中でぶつ切りにする必要がある。普通はそんなことはできない。

 

 

が、現在の空のダイヤ乱れの状況は普通ではない。

 

 

果たしてそんな無法が通るのか?

一か八か、JALのチャットサポートを起動し、オペレーターに問い合わせた。

 

 

結果、通していただけた。

宮古那覇の行程を当日最終便のRAC804に変更し、那覇で1泊ののち、翌日の昼便で那覇から羽田に帰ることになった。

航空券番号が変更となっていたため、やはり通しのままでは変更できず、新規に発券し直した扱いとなったようだ。

 

行ってもいない女性声優地方イベントの打ち上げ飲み会、参加決定―――。

 

 

★幸運ポイント5 

通常ありえない予約変更に対応していただけた。

 

 

 

この変更が通るかどうかが、一番の山場だった。

オペレーターの回答が来てガッツポーズをしているところに、ちょうど迎えのレンタカー屋さんが遭難地点に到着した。この時点で時刻は17:25。

 

諸々現況を話したのち、故障した原付の回収は後回しにして、ひとまず自分を空港まで送っていただけることになった。これで20時のRAC804便には確実に間に合う。

 

 

送迎の車の中で那覇市内の宿を押さえつつ、JALのチャットサポートと会話を続け、飛行機の予約変更を確定させる。ついでにオタクに連絡し、今夜の打ち上げの人数を一人増やしてもらう。

 

★幸運ポイント6

那覇市内の宿に余裕があった。

 

 

かくして無事にリカバリーは完了。

あとはその通りに動くのみである。

 

 

そして217find!打ち上げへ…

レンタカー屋さんに宮古空港に送り届けていただいたのは18時過ぎのことだった。当初のJTA572便は多少遅延が発生していたものの、結局保安締め切りに間に合ってないので、振り替えを決断しなければ詰んでいたことになる。

 

 

展望デッキに上がり、自分の乗るはずだった飛行機の離陸を見送る。

宮古空港を離陸して那覇へ向かう飛行機の写真。本来私が乗りたかった便である。

勇ましく那覇へ向けて宮古空港を離陸していくJTA572便

昔読んだ「究極超人あ~る」というギャグ漫画の修学旅行回で、光画部(写真部)部長のあ〜る君が、自分が乗るべき新幹線に乗らずに、当該列車の出発の写真をホームで撮影して見送るシーンがあった。

その時の鳥坂先輩の「記念すべき修学旅行に出発するひかり号をだな、光画部の部長が写真を撮らんで、だれが写真を撮るというのだ!?」というセリフが脳裏によぎった。

 

 

宮古空港の出発便案内。撮影時刻は18時11分で、本来乗りたかったJTA572便の保安検査締め切り時刻を過ぎている。また、その後に関西国際空港行きの案内が控えている。

宮古空港の出発便案内

空港の案内板を見ると、確かにJAL単独で羽田に行く最終はもうなくなっていたが、関空行きが1便残っていた。もし自分が明日仕事があったとしたら、この関空行きに無理矢理振り替えて、サンライズか夜行バスかで東京に向かい、そのままエクストリーム出勤することになっていたのだろうか。恐ろしい話である。

(こんなことするよりかは、ANA那覇便に振り替えられないか交渉したほうがまだ現実的か……)

 

 

空港内のA&Wでルートビアを飲み続けつつ、出発時刻を待つ。

最終的に、5分遅れの20:05に出発。

宮古発那覇行きの最終便となる飛行機の写真。乗客がタラップを登りプロペラ機へ乗り込む様子。

RAC804 那覇行き最終便 プロペラ機である

 

こちらのRAC運行の那覇行きはプロペラ機のDHC8-Q400CCが充当されており、機材自体は石垣から宮古那覇ホッピングしながら那覇に戻り、夜を明かす運用となっているようだ。

また、機材と一緒に十数名程度の修行僧も石垣島からホッピングしてきたのも面白かった。みんな乗り継ぎ口から待合室に入ったと思ったら、グループ1か2で再び機内に吸い込まれていくのである。

 

 

少し到着が遅れて、21:05頃那覇空港着陸。

ここで那覇での乗り継ぎ便案内を見たところ、羽田行きの最終便20:55発が、1時間遅延して21:55発となっていた。蓋を空けてみれば、本日中の帰京は可能ではあったのである。

那覇空港の乗り継ぎ案内の写真。JAL、ANA、スカイマーク等の最終便が軒並み1時間ほど遅延している。

那覇空港の乗り継ぎ案内

 

とはいえ、これ乗ったら羽田着は確実に0時を回るだろうし、そうなれば羽田から家に帰る手段が無くなるので、やはり翌日便振替するしかなかったな、とも思った。

 

そのまま市内のホテルに荷物をぶん投げ、打ち上げに合流し、もずくの天ぷらを喰らい、泡盛を飲み散らかす。飛び入り参加でしたが、楽しい夜でした。

 

 

この翌日、那覇空港に来てみれば空のダイヤがぐちゃぐちゃになっており、自分はなんとか午前便(午前に飛ぶとは言っていない)に乗り無事に帰宅できたものの、217find!の民たちが軒並み那覇に幽閉される憂き目に遭っていた。

それはまた別の話…………。

 

 

 

まとめ

★良かった点

・朝のうちにオタクと(冗談交じりながらも)翌日振替の話をしていたので、本当に翌日振替することになった場合のイメージが頭の片隅に残っていた。

・それをもとに、早い段階で余裕のある行程へ組み直すことができた。

・いろんな要素の運が良かった。

RAC機材搭乗の実績解除ができた。

泡盛飲み散らかしながら女性声優について絶叫する会が楽しかった。

・シンプルに離島原付爆走が楽しかった。

 

★反省すべき点・気をつけるべき点

・今回のリカバリーは運要素が8割だった。偶然をモノにできたのは良かったが、東京で大雪が降っていなかったら成立しない方法だった、ということは肝に銘じたい。

・離島航路は下手をすれば本当に帰れなくなる場面があると身をもって体感した。本来ならこんな弾丸ではなく、日程的に余裕を持って計画を組むべきである。

・原付のベルト断裂は、経年劣化に加え、急勾配での加速や急加速等もダメージ要因になるとのこと。今回の故障は自分の運転の仕方に直接的な原因があったと思ってはいないが、それなりのアップダウンのある道をスロットル吹かして走っていたのは事実。次回の運転では、急加速や勾配の激しいルート等に注意を払いたい。

 

 

蓮ノ空女学院102期卒業公演に焼かれたオタクが、アイカツ!のことを思い出した話

果てない世界へ旅立った皆様へ

お元気にお過ごしでしょうか。

 

ねいけいです。

蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブに向き合う中で、かつてアイカツ!を追いかけていた時の記憶が蘇ったので、記します。

 

異なるコンテンツを無理やり関連付けて語るのは本当に良くないことなのですが、この感情は残しておかねばならぬと思ったため、あえて踏み込むことにしました。

 

本記事は単なるオタク語りであり蓮ノ空やアイカツ!の解説記事ではないため、ストーリーに関する詳細な解説はしません。詳しくは蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ活動記録とアイカツ!を見てください。

 

スクールアイドルの大会「ラブライブ」の優勝旗です。赤い布地に大会の紋章が刻みつけられており、雄大な姿です。蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ 102期卒業公演会場である、Kアリーナ会場内にて設置・展示されていました。



 

 

宣伝

note.com

ぼくの大学の先輩が、今世紀最大級の眩耀夜行を行おうとしています。

興味あれば是非ご一読ください。

 

関係ないですが、ぼくが一番好きな眩耀夜行は有志翻訳の英語バージョンです。

youtu.be

Where shall we go ? Far, far awayここじゃないどこかへ……

 

 

 

蓮にハマったきっかけ

まずは、ここまで蓮を追いかけることになったきっかけを振り返ってみます。

大きなきっかけはご多分に漏れず異次元フェスですが、実は自分の場合これは決定打ではありませんでした。

 

一緒に異次元フェスに臨んだアイマスPの身内が急速に蓮に転落する様子を眺めながら、「へー蓮ってストーリーそんなに良いんだ〜。スリーズブーケの曲超強いけどね~。活動記録読んでみよっかな」などと生半可なことを述べながら、ホリホリを聴いてニチャニチャしていました。

 

 

転機が訪れたのは、2024年2月のアイカツ!コラボです。

最初はよくあるキャラグッズ販売系のコラボかと思っていました。

しかし、こんなものがぼくの目に飛び込んできました。

 

 

 

https://x.com/hasunosora_SIC/status/1759774881820905839

https://x.com/hasunosora_SIC/status/1759774881820905839

衝撃を受けました。

しばらく眺めた後、「こんなところでSHINING LINE*が繋がるとは思わなかったなぁ…」と天を仰ぎました。

 

この瞬間、自分の中で時が止まっていたアイカツ!が再び脈動を始めました。

 

 

 

リアタイに追いつくまで

2月のアイカツ!コラボで、ぼくは「あれ?もしかして蓮ってヤバいコンテンツだったりする?」と気づきました。

具体的にどのへんがヤバいと感じたかというと、コンテンツを作る側の本気度が思った以上に高かったところです。

だって、普通コラボって聞いたら、「花帆ちゃんといちごちゃんが一緒に『アイドル活動!』歌ってみた!」みたいなの想像するじゃん。そんなレベルではなくて、時系列の整合性を取った*1うえでSHINING LINE*文脈を取り込んでくるの、どう考えてもただ事じゃないやん。

 

これは「真剣」に作られているのでは…?という予感がして、活動記録を読み進める速度は早まりました。

最終的にリアルタイムに追いついたのは、2024年の3月31日。年度が変わるギリギリ直前に、沙知先輩の卒業を見届けることができました。

 

決定打は、たまたまチケットが降ってきた2ndライブ兵庫公演Day1。

ここで完全に陥落しました。

このとき初公開された楽曲の「365Days」、これを聴いた瞬間に、104期体制と過ごすぼくの蓮ノ空生活がスタートしました。

 

 

徒町小鈴のオリジナルスター☆彡

すっかり顔面が蓮色になり、晴れて104期からリアタイで追いかけることになったわけですが、ここでまたアイカツ!の記憶がポップアップしてきます。

 

104期活動記録第2話「踊り続けよう、きみが見てる」です。

 

話の流れは原典を読んでいただくとして割愛しますが、PART6まで読み進めたぼくは、「これってオリジナルスター☆彡の話では…?」と思いました。なんでもかんでもアイカツ!に結びつけるオタクのよくない癖です。この時点で、ぼくは徒町小鈴に大空あかりの姿を重ねつつありました。

単純に憧れに"なろうとしている"だけではダメだ。"己"がスターだ、と。

そういった話の帰結を予想していました。

 

しかし、それだけには収まりませんでした。

徒町小鈴は、叫んだ。

自分が村野さやかに憧れる気持ち、これこそが徒町小鈴の「オリジナルスター☆彡」だと。

104期活動記録第2話「踊り続けよう、きみが見てる」PART7

自分の想像していた結末なんかより、数段階上を行かれた気分でした。

この日、ぼくの徒町小鈴を見る目は変わりました。

何よりも強い信念を持っている、かっこいい子だと。

 

104期と過ごした日々

そんなこんなで狂い散らかしているうちに2024年は過ぎていきます。

途中、虹ヶ咲の映画が公開され顔面が虹色一色になったりもしましたが、年後半から始まった3rdライブツアーは配信を見るなどしてしっかり楽しみました。*2

 

そして年が明けて3rdライブ横浜公演。つまり、ラブライブ!決勝大会。ここから3月までの怒涛の流れは今思い返しても凄まじかったです。

この時期、ぼくの顔面は1日おきに虹色と蓮色で入れ替わっていました。With×MEETSなどで蓮関連の供給がだいたい2日に1回ペースで投下される中、供給が無い日は虹ヶ咲のことを考えて過ごしていたからです。全身ラブライブ!人間には変わりないですね。

 

 

104期の集大成楽曲はどれも異様なほどの風格を備えていて、毎日聴いては発狂していました。

 

極めつけは3月の蓮華祭。104期として最後の曲は、なんと「365Days」。

ぼくの104期は、365Daysで始まり、365Daysで終わりました。とても美しい一年間でした。

本当に一年間、自信を持って楽しんだと言えます。

 

 

アイカツ!回顧録

ここで、時間を2017~18年頃に戻し、ぼくがアイカツ!に熱中していた頃の状況を振り返ってみようと思います。

いきなり話題が変わりますが、大事なことなので。

 

当時大学生だったぼくは、アイカツスターズ!のTV放送から入り、遡るように無印の全178話を視聴完了しました。一番感動した話は125話で、一番好きな話は129話「トークの花道」です。

 

大学時代に一緒につるんでいたオタクたちが同時期に次々とアイカツ!にハマっていたこともあり、よく一緒にイベントやアニクラで騒いでいたりしました。

 

2018年にはツアーもあり、ぼくは東京公演と、コスモス狙いで千秋楽の福岡公演に参加しました。福岡にもなんだかんだ身内が6~7人くらい来ていた気がします。

 

www.lantis.jp

 

 

残念なことにもはや記憶は薄れてしまいましたが、Growing for a dreamで連番者と化け物になっていた気がします。

 

打ち上げのあと、福岡のカラオケボックスか何かにオタク7人ぐらい詰め込まれて雑魚寝し、翌朝の飛行機で帰京しました。

さて遠征から帰ってきて落ち着いた段階でツイッターを開いたところ、目に飛び込んできたのは、前触れのない卒業告知でした。

 

 

昨日まであんなに楽しんでいたのに、こんなことある?????????

しかも、3週間後の2018年2/27-28に予定されているアイカツ武道館。これが突如として卒業公演に化けました。

 

すぐさまオタクから召集がかかり、新宿の居酒屋に集合。出席者は、今朝まで福岡のカラオケボックスで余韻に浸りながら雑魚寝していたはずの面子全員でした。

 

急遽開催された「アイカツ緊急会議」では、"その日"までに残されたわずか3週間の間に、何ができるか、何をすべきかという話に終始しました。

その中でぼくはどうしても今すぐ「アイカツ!ミュージックフェスタ2017」のBlu-rayを見たくなり、終電に飛び乗って帰宅し、そのまま朝までライブ円盤を見ていました。他のオタクは朝まで緊急会議を続けていたようです。

すぐさまcom/staranis_info/status/960073496813477888

 

ここから、ぼくの人生の中でも類を見ないほど濃密な3週間が始まりました。

 

 

 

この卒業発表の衝撃は全アイカツ!オタクに広がっており、阿鼻叫喚の様相を呈していました。ツイッター上で四六時中泣き叫ぶ者、狂ったように今までの記憶を語り続ける者。しかしやがてTLも落ち着き、「"その日"のために今できることをやろう」という流れになりました。

フラスタ企画が雨後のたけのこの如く乱立し、当日は武道館の外周が花で埋め尽くされていました。ぼくも2基ほど参加しました。

 

アイカツ!のオタクには、未試聴のオタクに無理やり「アイカツ!を見ろ」と強要する悪癖があるのですが、その特性が最大限に発揮されたのもこの3週間でした。合言葉は「今見て武道館に来ないと、絶対に後悔する」でした。かくいうぼくも、知り合いのオタク数名にかなり無理やりな形で視聴を強要してしまい、今考えると相当申し訳ないことをしたと感じています。それでも、ほんの短い期間で178話分を仕上げて武道館に駆けつけてくれた彼らには感謝しかありません。ありがとう。

 

そういった状況下で自分にもできることを考えていたのですが、「ここはやはりアニメを見直すべきだろう」と思い、解像度が他と比べて低めだった2年目の51話~100話までを重点的に復習することにしました。この復習を経て、2年目は指折りに好きなシーズンになりました。これは持論なのですが、アイカツ!2年目の裏主人公は霧矢あおいです。

 

 

そして迎えた当日。泣いても笑っても最後。

初見でも何でもいいからとにかく来いとチケットを撒きまくったオタク、そんなオタクに無理やり視聴させられながらも当日昼にギリギリで178話に到達してガンギマリになってライブに臨んだオタク、どうしても仕事の都合がつかなかったため37話の紫吹蘭のキャプを貼りながら「私、会社辞めてきた!」と絶叫して武道館に出現したオタク。

あらゆる形の"想い"が、武道館に集結しました。

 

 

我々は卒業公演を見届けました。

ぼくは一番聞きたかった曲が一番聞きたかった形で披露されて、ただただ感無量でした。

 

 

 

ひとしきり感想戦をして帰路につき一人になったタイミングで、「明日からおれはどうやって生きていけばいいのだろう……」と虚脱感に襲われました。

 

こうして、濃厚な3週間が終わりました。

とにかく、全オタクが1つのライブに万全に向き合うために準備をしていたこの3週間は、人生の中に刻み込まれた期間となりました。

 

 

アイカツ!回顧録:その後

ここからはあまり良くない話です。

卒業してしまったSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARSに再会する機会は、案外すぐにやってきました。

そして、なんだかんだ沢山のイベントに出演していました。

なんだかんだ続いていくアイカツ!展開の中で「アイカツは永遠!」と語られていく様子を見ました。

 

そのたびに、自分の中で「じゃあ、あの時武道館に懸けたおれたちの想いはなんだったんだ…?」という気持ちが沸き上がってきました。

 

一緒にアイカツ緊急会議を開いていたオタクたちも同様の感想を抱くようになり、やがて現行の展開を冷笑するようになり、みんなアイカツ!から離れていきました。ぼくも例外ではなく、武道館以降にアイカツ!に出会ったファン層を後ろから眺めるだけとなりました。

 

(未来へのSTARWAYはさすがに見に行きました。ボロ泣きしました。)

 

 

以降ぼくは、アイカツ!好きのオタクとは、極力アイカツ!の話をしないように努めてきました。

 

今となっては昔の話ですが、2010年代後半には「アイカツ!はあかりジェネレーション以降は認めない」「いや、50話以降すら認められない」といった過激派アイカツおじさんが数多く存在していました。スターズから入ったうえに、あかりジェネレーション大好きなぼくからすると、これらは全く噛み合わない存在ですし、事実身近にいた過激派の人とはアイカツ!の話が全くできませんでした。

 

しかし、武道館で離れた後に、新規層が次々と現行展開に熱中していく中、自分自身が「アイカツ武道館過激派」と化していることに気づきました。あの時恐ろしいと思っていた存在に、自分自身がなっていたのです。

 

 

こうして、ぼくは自分の中でアイカツ!の時を止め、凍りつかせていきました。

やがて別のコンテンツにハマっていく中で、アイカツ!に熱中した記憶は徐々に風化していきました。

 

 

 

 

 

 

 

アイカツ!の記憶が再び脈動を始めるのは、2024年2月、蓮ノ空コラボでのことでした。

 

 

蓮ノ空102期卒業公演に向き合って

そして、今。

 

 

蓮華祭で104期の活動を見届けてから、卒業公演までのロスタイム。

特に、4th Live Dream 兵庫公演が終わり、いよいよ後がなくなって卒業公演まであと1週間というとき。

 

蓮ノ空のこと好き好きクラブの皆さんは、それはもう全員が真剣な面持ちで"その日"に向けた準備をしていました。

 

これまた本当に良くない話なのですが、"その日"に向けてアップしている最中、ぼくの脳内にはだんだんアイカツ!が侵食してきました。

 

「思い出は未来の中に」

「未来に約束」

「この出会いに、ありがとう」

まず、上記のようなワードが脳内でぐるぐるしてきました。

さらに血迷った挙句、「4th Live Dreamで一番聞きたい曲、ダイヤモンドハッピーかもしれない…」などと宣ったり、「言葉で」「行動で」「憧れを超えようッ…!」と泣き叫びながらアイカツ!第178話「最高のプレゼント」を再生して狂い果てたりしていました。

 

でも、ぼくの周囲のオタクは、ぼくが蓮にアイカツ!を重ねすぎているのと同じように、蓮にアイドルマスターミリオンライブを重ねすぎていたので、似たようなもんです。

 

 

 

…といった与太はさておき、真面目な話、卒業公演に向き合う蓮ノ空のこと好き好きクラブの面構えを見るうちに、かつて皆がアイカツ武道館に向き合っていたときの真剣な空気感を思い出しました。

とにかく、何でもいいから今できる限りのことを尽くしたい。そういった想いが溢れていました。

 

 

今回は102期活動記録やGraduation Albumシリーズなど、公演直前に投下される燃料も数多かったため、僅かな期間でも万全な状態に仕上げようと必死になっている人が、より多かった気がします。

また、初見勢や、かつて追っていたものの一旦離れたオタクたちも、驚異的な追い上げを見せて104期に追いついてから会場に駆けつけていました。

ぼくの知り合いのオタクも、3日で104期の1年間を追い込むバケモノになっていたので、「10点セット」を叩きつけたところ、一晩で仕上げてKアリーナに現れました。

 

蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ お散歩日記シリーズ 全9冊と、蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ 102期活動記録 を並べた合計10冊の書籍セット

10点セット。当日Kアリーナでお会いしたオタクはみんな同じセットを持ち歩いていました。怖い。

別にストーリーに限らずとも、いろいろなオタクがいろいろな準備をして、"その日"に臨んだのだと思います。

 

 

蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ 4th Live Dreamは、本当に素晴らしいライブでした。

もちろん公演内容やキャストのパフォーマンスもそうですが、そこに真剣に向き合おうとするオタクの努力が一つの場所に集結したこと、この点でも忘れられない体験になったと思います。

 

つまるところ、ぼくの言いたいことは、これに尽きます。

 

 

 

終わりに

今回は、自分のオタク遍歴の中で、あまり掘り返してこなかった部分を掘り返しました。

もうこのまま振り返らずに捨ておくつもりでいたのですが、このような形で、あの熱く確かな世界が動いていた日々を思い返すことになるとは思いませんでした。

 

[チェリー♫ピクニック]夕霧綴理 - Link!Like!ラブライブ! Wiki*

Link!Like!ラブライブ! [チェリー♫ピクニック]夕霧綴理 特訓2回目ボイス

 

まさに、「ボロボロになって消えていく」はずだった思い出に、向き合う機会を貰えたのです。僥倖なことです。

 

 

蓮ノ空は稀有なことに、向き合えば向き合った分だけ自分に返ってくるコンテンツです。

104期とともに走った1年間、(主に自身のリソース面で)いろいろ大変なこともあったけれども、蓮ノ空を楽しんで本当に良かったと胸を張って言うことができます。

これだけ真剣になれるものに出会えたことに、感謝しかありません。

 

 

かつてぼくが愛したアイカツ!に、感謝を。

 

そして、蓮ノ空女学院第102期生、ご卒業おめでとうございます。

本当に、ありがとうございました。

明日の君へ花束を―――。

 

*1:多くのオタクに指摘されている事項だが、2007年5月生まれの日野下花帆は2014年に小学校に入学しているため、アイカツ!の大空あかり活躍期間の2014年4月~2016年3月はちょうど小学校低学年にあたり、あかりジェネレーション直撃世代となる。

*2:当時はまだCDを積む行為に抵抗を示していました。なお4thでは………

シアトル最終報告

初めましての方は初めまして、そうでない方はこんにちは。ねいけいです。ビルダー拓也ではないです。

 

ある日、高校の時の先輩(飛行機のオタク)が「ボーイングの工場に行くぞ!!!」と絶叫しはじめ、それにホイホイ乗せられたぼくはうっかりeチケットお客様控えを生やしてしまい、シアトルに行くことが決定した。

 

 

0日目:バンコクで電車博士

2024年6月、ぼくはシアトルに行くための準備としてバンコクに飛んだ

何を言っているのか分からないと思うが、生やした航空券が「バンコク発東京経由シアトル行き」だから仕方なくバンコクに行くしか無かったのである。

 

まぁ、いわゆる「JALバンコク発券」というやつで、実は単純に日本からシアトルに行くまでの片道運賃よりも、「バンコクー東京ーシアトル」往復運賃のほうが安いのである。最初に日本からバンコクに行くまでの飛行機運賃を含めたとしても、まだこっちのほうが安い。

 

バンコクではJR北海道から譲渡されたキハ183を見物するなどでいろいろ楽しむことができた。その時の様子は下記Twitterのツリーにぶら下げている。

 

 

1日目:航空博物館(ボーイングフィールド)

さて日本でのストップオーバーを終え、いよいよシアトルへの出発である。

台風直撃を喰らって出発日が順延するなど紆余曲折あったが、なんとか成田→シアトル直行便に乗ることができ、現地時間朝11時頃にシアトル・タコマ国際空港に到着した。

成田で撮ったカタールの777と全日空の787

 

機内食 ごまだれ豚しゃぶと生姜ごはん

機内では1~2hほどしか眠ることができなかったが、この状態で日没までの約10時間を活動し続けなければいけない。ほとんど徹夜明けである。これが時差ボケの辛さか…。

シアトル・タコマ国際空港 デルタとアラスカだらけ

 

さて、ここで今回のシアトル滞在の行程と目的地をざっくり見て行く。

シアトルには主要空港であるタコマ国際空港の他にも飛行場や空港が複数あり、そこでは旅客・貨物便だけでなく出荷前の飛行機のテストフライトやプライベートセスナの発着なども頻繁に行われている。

そのうちの2つを今回は2泊3日で巡る計画だ。

  • 1日目:シアトル南部ボーイングフィールドにて、航空博物館を見学。その後、ダウンタウンにて宿泊。
  • 2日目:シアトルの北方(Everett)ペインフィールドにて、ボーイングの工場見学。そのままエバレット宿泊。
  • 3日目:昼便で帰る

 

まず1日目は、タコマ空港に到着してからすぐに航空博物館に移動。

ここは「ボーイングフィールド」と呼ばれ、ボーイング社の創業の地である。

航空博物館への行き方。ダウンタウンはもっと北にある。

 

市内移動の決済手段

公共交通での移動の際に、まず手に入れておきたいのが、交通系ICカードOrca」である。市内交通はスマホアプリなどでチケットを買えないことは無いが、今後のシアトル周辺の移動難易度が格段に下がるため、初手でのOrca入手を強く推奨する。

 

鉄道駅の券売機で簡単に買えるし、チャージもクレカ対応している。というか今回のシアトル滞在では米ドルへの現金両替を一切行わなかったが、何も困らなかった。高度キャッシュレス社会である。空港鉄道の切符がクレカNG、高額紙幣NGの券売機でしか買えないバンコクスワンナプーム空港とは大違いである。

 

(余談だが、チップ要求された時もクレカで支払えた。クレカを通した後にレシートを渡され、ここにチップの額を書けと言われる。最初はクレカの使用可否確認だけして、後でチップ額を積算した合計金額をまとめて決済する仕組みらしい。チップですらこうであれば、いよいよ現金不要である。)

 

というわけで空港駅でOrcaを入手。

2024年8月時点でデポジットは$3。チャージ金額は、滞在日数×$5+αで考えれば丁度良い。

Orcaの券売機。シンプルなUIで新規発行・チャージもできる。勿論クレカ対応。

媒体としては、パチ屋の会員カードに近い

鉄道やバスに乗る時に、これ見かけたらとりあえずタップする

 

さてシアトルの交通機関の大きな特徴だが、「2時間以内は乗り継ぎ後の運賃が無料」となる。(現金の場合は1.5h)

つまり、市内で結構派手な移動をしたとしても、2h以内なら初乗り分の料金で移動できてしまう、ということだ。これをうまく利用すれば相当割安に移動できるし、日本と違って事業者ごとの運賃加算を考えなくても良いので、非常に便利である。

 

航空博物館を見学

というわけで電車とバスを乗り継ぎ、無事に航空博物館に到着。ここで先行して入米していた先輩と合流。

鳥人間コンテストに出てきそうな飛行機から、「なんか戦翼のシグルドリーヴァとかに出てきそう!」な機体とか、米空軍のマッハ3でかっ飛ぶ偵察機なんかが展示されていた。(ド素人)

「先の戦争」として、ベトナム戦争が大々的に取り上げられていたのが印象的だった。

鳥人間コンテストに出てきそうなGossamer Albatross 2号機
ドーバー海峡横断したらしい。

いかにも戦翼のシグルドリーヴァに出てきそうな飛行機たち

SR-71(下) マッハ3でかっ飛ぶ。HELLSINGとか絶チルとかにも登場したらしい。

 

ほかにも、アポロ計画スペースシャトル計画などの宇宙開発の展示や、第二次大戦特集、ボーイング創業時の工場など、非常に見ごたえのあるコンテンツが多くあった。冗談抜きで1日がかりになる。

 

パンアメリカン航空の南米路線図。
航続距離が長くないので、P2Pではなく立ち寄って給油しつつ最終目的地まで飛んでいた…?

ひとしきり博物館を堪能した後は、隣接するボーイングフィールド(キング郡国際空港)の滑走路を眺めながら小休止。

中華圏に出荷予定の737のテストフライトや、よくわからん軍用機やセスナなどが飛来していた。

 

中国南方航空へ納入予定の737 MAX8 ステータスは「On Order(=入荷待ち)」

持続可能な開発をされた737 MAX8と、空軍機と、後ろにひっそり貨物列車。
アメリカの貨物列車はコンテナ2段積みをする。

小休止した後は、道路を挟んで反対側にある展示棟に移動。

ボーイングの名機がずらりと展示されていた。

日本人にお馴染みのB-29 でかい

B747-100初号機 CITY OF EVERETTE

B727初号機(真ん中) 今737が就航しているような地方空港によく居たという

コンコルドくん

とまあ、こんな風に巡っていたら、あっという間に17時の閉館時間。非常に楽しい時間でした。

 

<余談>

帰り際に軽く売店を冷やかそう、となって閉店間際の売店を物色していたところ、

「AVIATION NERDと大書されたTシャツを発見。

要するに、「航空オタク」とデカデカと書かれたTシャツである。

日本で言えば、大宮の鉄道博物館で「鉄道オタク」とだけ書かれたTシャツを売っているようなものである。

これが妙にツボってしまい、ぼくも先輩もゲラゲラ笑い転げているうちに店が閉店。

この「AVIATION NERD」が後々危機を生むことになる……。

 

ダウンタウン散策

航空博物館を後にした我々は、バスでダウンタウンに移動し、宿に荷物を投げたあと市内散策へ。

ダウンタウンの治安はお世辞にも良いとは言えず、「む、ヤニの香り。いや、これヤニじゃねえな、なんだこれ。ほのかに小便の香りもするし……これって、マリファナってヤツでは?」などという体験をした。また、路上生活の方々も散見され、緊張感を高めて歩く必要があった。これがアメリカ合衆国か…。

 

明るいうちは良いが、日が暮れたらUber確定やな、と話しながら湾岸沿いに出る。

湾岸は再開発が進み、綺麗な観光地化されていた。おそらくここに住めなくなった方々が徐々にダウンタウン中心部に進出しているのだろう。

坂を下り、綺麗な海沿いの観光地。観光客でにぎわっている。

摩天楼の間を張り巡らされたトロリーバスの架線

そびえ立つ高層ビルと、取り残された落書きだらけの古い建物。
海岸からダウンタウンを望む。

 

さてディナーの時間であるが、事前リサーチで「いかにもアメリカっぽい寿司屋」をピックアップしており、そこを訪れた。

Wasabi Sushi & Izakaya - Belltown, Seattle, WA

入ってみるとこれがめちゃくちゃオシャレな雰囲気で、カップルが穏やかな一時を楽しむようなお店だった。そんな中にアジア顔のAVIATION NERD二匹が所在なさげに寿司を食っている。まるでどこぞの高級パスタ店の再現である。

 

で、肝心の寿司であるが、これが存外にめちゃくちゃ美味かった。

会計は2人で$123、一人当たり9000円ぐらい。

左の「Ka-Me-Ha-Me-Ha」がどちゃくそ美味い。右の寿司も美味い。
シアトルは海鮮都市である。

大変満足して店を出たところで、ゲリラ豪雨が発生。なんでアメリカまで来てゲリラ豪雨に遭わなきゃいかんのや。しかもこれ特異な現象でもないらしく、わりと東京と同じくらいの頻度で発生しているっぽい。地球温暖化だわな……。

 

ずぶ濡れになりながらUberを拾い、ホテルに帰還。泥のように睡眠。

 

2日目:エバレット工場(ペインフィールド)

シアトル近郊の公共交通を乗り継ぎ

翌朝は9時にホテルを出発し、12時から予約しているボーイング工場見学のためにエバレットへと向かう。

エバレットはシアトルの北方40kmのところに位置し、ここからガンガン北上していく必要がある。しかし、これだけの距離の移動でも先述した「2h以内乗り継ぎ無料」のお陰で、最初の鉄道運賃である$2.75しかかからない。

 

まずはLink light railの1 LINEでNorthgateまで移動。新しめのトラムみたいな車体だが、空港接続するシアトルの主力市内鉄道である。Link Like LoveLive!みたいな名前とか思ってはいけない。

Link light rail 「1 LINE」 ダウンタウン中心部は地下駅となる。

現在は「Northgate」までの運行だが、じきにさらに北の「Lynnwood」まで延伸開業するらしい。どちらも巨大駐車場とバスセンターを備えており、典型的なパーク&ライドの拠点である。

 

Northgateのバスセンターでは、高速バスへ乗り換え。

512系統 Northgate-Everett 左車線は大型車専用レーンになっている

このバスがまた面白く、二階建てで輸送量を確保し、日中15分間隔と本数もそこそこ多く走らせている。おまけに高速に乗ってみれば左車線がバス+2t車専用レーンとなっており、実質BRT状態となっている。専用軌道で定時性を確保しつつ、登坂車線的な扱いをして一般車の妨げにもさせない取り組みと推察。

 

ちなみにバスの前面にあるのは、自転車置き場である。ここにチャリを乗っけている人が少なからず居た。チャリを持ち込んで公共交通で移動するのも浸透しているようである。

 

そんなこんなで途中のLynnwoodで地域バスに乗り継ぎ、住宅街をどんぶらこと揺られること40分、さらに20分ほど歩いてようやくペインフィールドに到着。

バス停から坂を登りペインフィールドに向かう道
ボーイング工場見学

ツアー開始までは展望デッキに上り、安置されている飛行機を眺める。

組立完了してから安置されているB777の群れ

デリバリーを待っているB787の群れ

オマーン航空 日本ではお目にかかれないはず

やがて時間が来てツアー開始。撮影機材や電子機器は一切持ち込み禁止とのこと。

B777の製造ラインを見せてくれた。まだエンジンが取り付けられていない機体が何台も並ぶ姿は圧巻だった。

また、見学施設にはB787の隔壁断面やプロペラなどが展示されていた。こんなに薄いのに、強度はしっかり保てているんだよな……と感動することができた。

 

ツアーも終わり、常設展示とペインフィールドに着陸する小型機を少し眺めてエバレット市内へ移動。本当はフライングヘリテージコレクションにも行く予定だったが、定休日であえなく撃沈。

 

撤収直前に、P-51(動態保存されている第二次大戦期の戦闘機)が着陸してきたとかで先輩が大騒ぎしていた。ぼくは浅いのでよくわからなかった。

P-51 Mustang Survivors - MustangsMustangs.com

動態保存されているP-51(右)
「P-51だ!」と絶叫されてわけもわからずカメラを向けたのでこれしか撮れていない

 

AMTRAK撮り鉄失敗

エバレットはAMTRAKの駅がある街で、しばらく待っていればシカゴ行きの長距離列車が来ることが分かった。ホテルで休みつつ列車が来たら撮り鉄しに行こうとしていたが、ここでも前日に続きゲリラ豪雨に遭遇。ちょっと尋常ではない豪雨だったため、あえなく断念。

スポット発見はしたものの、ゲリラ豪雨にて実践には活かせず。

3日目:Sounder Train→帰国

「通勤列車」に乗車

午前6時。最終日の朝が来た。

今日はシアトルから日本へ戻る日だが、直行便ではなく、バンクーバー経由での帰国となる。(その方が安かった)

シアトル 11:22 →アラスカ航空699便(JLコードシェア)→ バンクーバー 12:22

バンクーバー 14:05 →JAL017便→ 成田

乗り継ぎ時間は1時間40分ほどあるが、バンクーバーでは乗り継ぎだけとはいえカナダの税関審査があるため、結構ギリギリなタイムスケジュールである。

 

というわけでシアトル11:22の飛行機に乗れれば良いわけだが、ただエバレットから往復するだけではつまらないので、少しアレンジを加えた。

 

それが、エバレット⇔シアトルの通勤列車「Sounder Train」である。

Sounder Train 「N LINE」

これは、Sound Transitというシアトルの運行事業者が、AMTRAKのエバレット-シアトル間の線路を借りて運行している鉄道である。当然Orcaで乗車可能だ。

 

[24/8/23追記]

「AMTRAKの線路を借りて」は誤り。このあたりの線路はBNSFという大手貨物鉄道会社が所有しているので、「BNSFの線路を借りて」が正しい。AMTRAKも旅客営業を担う一事業者に過ぎず、西海岸では自社で鉄道設備を保有していない。アメリカでは貨物輸送の力が強く、大半の設備を貨物鉄道会社が保有し、僅かな旅客列車が間借りしている状況である。

日本で言えば、JR貨物が日本中の鉄道設備を保有し、それをJR東日本や東海などが使用料を払って旅客電車を運行している、といったイメージだ。

 

 

堂々たるダブルデッカー車に猛々しいディーゼル機関車。どこが通勤列車やねんと言いたくなるが、この列車の時刻表を見て欲しい。

なんとこれ、朝に往路2本、夕方に復路2本のみというダイヤなのである。上白滝かよ。
朝にエバレットからシアトルの中心街に出て、夕方には帰ってくるイメージだ。なのでこれは通勤列車です。

 

次に注目すべきは、列車が通るルートである。

そう、これ実は海岸爆走路線なのである。

朝焼けの海沿いをゆったり1時間かけて列車に揺られる、こんな贅沢な時間があろうか。

というわけで、7:15発の便でシアトルに向かいます。

 

ダブルデッカー内装

背面。こちらにも人が乗務している。おそらく復路は逆釜で運転?

バシャバシャ写真撮っていたらセキュリティの人に呼び止められ、「What are you taking photo for?」「Are you Journalist?」と質問された。怪しい奴め、なに写真撮ってんねん、というところだろう。別に怪しい目的のために写真を撮っているわけではないとを必死にアピールし、ひり出した英語が「I am TRAIN NERD!」だった。これで許してくれたセキュリティの人に感謝。旧共産圏だったらきっと写真消させられてただろう。

 

朝焼けの海岸は穏やかそのものだった。

保線状況はかなり悪く、分岐付近ではむちゃくちゃ揺れた。また線路の路盤もそこまで頑丈ではなさそうで、そんな中をゆっくりゆっくり進んでいた。

でもこの路盤状況でも運転できるのは、アメリカ西海岸が地震が少なく波も穏やかな証拠である。こんなん日本だったら即座に土砂流出して運行停止である。

 

豪華客船 でかい

トラックヤードで港湾から積み下ろした貨物を列車に乗せる。
やはり二段積みが基本。慣性ヤバそう。

ゆっくり海岸と貨物トラックヤードの光景を堪能し、列車は終点キングストリート駅へ。

ちょうどバンクーバー行きのAMTRAKが停車していた。

バンクーバーへの国際列車「CASCADE
「AVIATION NERD」の呪い

さて、時刻は8時半過ぎ。ここから電車でまっすぐタコマ空港へ向かえば、空港見学をしつつゆったりチェックインして11:20の飛行機にも間に合う。

そんな状況下だった。しかし。

 

先輩「……なぁ、やっぱり『AVIATION NERDのTシャツ、欲しくないか?」

ぼく「……欲しいっすね」

先輩「航空博物館を10時に開凸して、Uberで空港に乗り付ければ、ワンチャン間に合うんじゃね?」

ぼく「ふ~ん」

ぼく「行くかァ!」

 

かくして、航空博物館から飛行機搭乗までのタイムアタックが決定した。

チェックイン締め切りは、10:40。

バスで博物館まで乗り付けて、10時に開店と同時にTシャツを購入。

そのまま10:15頃に、待機させていたUberに乗り込み空港へ出発。

だが、空港手前で渋滞が発生し、死を覚悟。

ここでアラスカ航空699便の遅延情報が入り、九死に一生を得る。

しかし、これはぬか喜びだった。

アラスカ航空の遅延は、すなわちバンクーバーでの乗り継ぎ時間が短くなることを意味する。新規離陸時間は12:10。所要時間1hなので、バンクーバー着は13:10予定。

一方、乗り継ぎのJL017便は14:05離陸予定。

この55分の間に、乗換案内口を探し、カナダの税関審査を済ませ、JALの搭乗口に向かわなければいけない。日本→カナダ経由→アメリカ入国のレポートはいくつかあるが、逆ルートに言及した記事はネット上に転がっていなかったので、何が起こるか未知数である。

 

アラスカ航空のスタッフにJL017に乗り継がなければいけない旨を拙い英語で伝えつつ、バンクーバーで追加1泊を覚悟。

 

隣のシアトル成田直行便のJALを眺め「あれに乗れば確実に帰れるのになぁ…」などと思いながら、12:10にバンクーバーに向けて離陸。

 

結果的には、なんとか乗り継ぎに成功した。案内していただいたアラスカ航空のスタッフには感謝してもしきれない。

死ぬ思いをして手に入れたのは「AVIATION NERD」の称号

 

バンクーバー乗り継ぎ(アメリカ出国編)

アメリカ→バンクーバー経由→日本行きの乗り継ぎに関する情報を整理する。

※2024年8月時点

 

まず大前提として、eTAの発行は必ず旅行前に済ませておくこと。

www.canada.ca

実際にカナダに入国しなくとも、トランジットするだけでも必要となる。

ギリギリでやろうとして登録がうまくいかずにカナダ行きの便に搭乗失敗して爆死した先人が存在するので、必ず余裕をもって登録しておくこと。登録から2年間は有効なので、多少気が早い段階で申し込んでおくのがベスト。

登録が済んだら、以降はパスポート番号と紐づけされるので、eTAの書類は紙媒体では不要となる。Webでステータスだけ確認すれば良い。

 

実際の乗り継ぎ当日は、事あるごとに「Are you done eTA?」と聞かれるので、済んでいることを回答する。英語が分からなくても「イーティーエー」と聞こえたらこれのことを指す、と覚えておけばなんとかなる。

 

続いて、当日の動き。アメリカ(やその他カナダ以外の国)からバンクーバーに到着した場合、目指すべきは「International Connections」である。

 

Terminal Maps | YVR

┗ Connections Map - International Arrivals.pdf

バンクーバー空港では、米国便はゲートE、その他の国際線はゲートDを発着する。

到着フロアのDとEの付け根あたりに、「International Connections」が存在する。

(案内板にも、「International Connectionsはあっち」と記載してある)

ここで税関審査を受けたのち、国際線の出発フロアに向かうことができる。

 

International Connectionのブースには端末が置いてあり、ここでパスポートを読み込ませる。(日本語にも対応していた)

 

番号が書かれた紙が発行されるので、これとパスポートと航空券を受付の人に渡す。

航空券は、乗り継ぎ前と乗り継ぎ後の2種類を要求されるが、乗り継ぎ後の航空券は紙で発券していなくても、予約している証明を見せれば問題なかった。(自分はeチケットお客様控えを見せた)

 

預入手荷物の有無も聞かれるが、自分は特に手荷物預入をしていなかったので、「No Check-in bag」と答えてそれっきりだった。預入があった場合にどうなるのかは、申し訳ないがわからない。

 

ともかく、特に難しいこともなく税関審査を通過し、乗り継ぐことができた。

 

まとめ

ボーイングと歩む航空の歴史のみならず、シアトルの市内交通の実情を知るにあたっても、非常に有意義な滞在だった。

・「AVIATION NERD」などのようなわけのわからない言葉に惑わされ、無茶なスケジュールで出国をしない。

・そもそも1hでも遅れたら死が見えるような余裕のない乗り継ぎを組まない。

※AS699便は遅延の常習犯でした。これからJL017に乗り継ぐのはマジでおすすめしません。

 

 

 

岡本太郎美術館でオバケに座ってきた

初めましての方は初めまして、そうでない方はこんにちは。
ねいけいです。


突然ですが、岡本太郎美術館に行ってきました。川崎のほうです。
www.taromuseum.jp


なんで急に、って感じですが、簡単に言えば生田二郎を食いに行ったついでです。
生田といえば生田緑地、生田緑地といえば岡本太郎美術館だろう、という安直な発想です。

生田二郎限定冷やし 超美味かった


実はぼく、生まれ育ちがこのあたりなんですが、幼少期に散々生田緑地を駆けまわっておきながら岡本太郎美術館には1回も行ったことなかったんですね。
(元)川崎市民としてさすがにいかんだろう、ということで半ば衝動的に足を運びました。

※ぼくは土地勘が辛うじて残っていたので徒歩で二郎から生田緑地に向かいましたが、普通にクソ遠いうえにアップダウンが激しいので、良い子のみなさんは電車とバスを使いましょう。


ちなみに僕は特に芸術に素養があるわけでもなく、渋谷駅に飾られてる『明日の神話』を見て「あ~知ってる~、これ岡本太郎でしょ~?」と絶叫する程度の認識しか持ち合わせていませんでした。
結論から言うと、そんな僕でも十分以上に楽しめたので、かなりおすすめスポットです。オタクの皆さんもぜひ行きましょう。


さて、今回やっていた常設展示は「目もあやなオバケ王国 岡本太郎のオバケ論」でした。
「目もあやなオバケ王国 岡本太郎のオバケ論」|川崎市岡本太郎美術館

展示されているスライドの言うところによると、岡本太郎の言う「オバケ」とは、"人間の精神の表れ"なのだそうです。
人間社会の中で抑圧された不満などといった精神が実体化したもの。この展示では、そんな「オバケ」を力強く描いた作品がたくさん展示されていました。


現代を生きる人間が、オバケをも脅かすオバケの対の存在となり、岡本の作品に表現された人間の姿を乗り越えていくこと。これこそが、岡本が望む真の「オバケ王国」なのかもしれません。

ほへ~と感心しながら展示を見進めていくと、椅子が並べてあるエリアに入り込みました。

この椅子も勿論作品ですが、我々も座ることができるようです。とりあえず手前の緑色のやつに座ってみました。

仮にこの椅子が座ることを許されずに、"芸術品"としてガラスケースの向こうにでも置いてあった場合、それは座ることを目的として生み出されたわけではないので『椅子』ではなく『椅子のような形をしたオブジェ』になるが、今回のこれは座ることが許されているので、きちんと役割を果たした『椅子』になれたんだな~。などとどうでもいいことを考えながら一休みし、この椅子たちに名付けられたタイトルを見てみました。


坐ることを拒否する椅子。

ワイ、固まる。







おれはこの椅子のエリアを見た時、無意識のうちに、真ん中にあるオブジェを椅子ではない、と思い込んでいた。
「座れない」と判断してしまっていたのだ。

だが、事実は、椅子の方から坐ることを拒否されていた。
拒否されていたのは、おれのほうだったのである。


一杯食わされた、と思った。
坐れなさそうな外見を持つことによって、無意識化で座ろうとすることを拒絶された。
まさしくオバケに化かされた気分である。


だが、ここでは、「真のオバケ王国とは、人間の精神がオバケのそれを凌駕し、乗り越えていく世界である」と語られていた。

現代を生きる人間が、オバケをも脅かすオバケの対の存在となり、岡本の作品に表現された人間の姿を乗り越えていくこと。これこそが、岡本が望む真の「オバケ王国」なのかもしれません。

ちょうどそこに、おれはオバケに化かされた、つまり喧嘩を売られたわけである。
これは、精神力でこいつを叩きのめして、理解らせにゃならん。
おれは、こいつを乗り越えていく。



腹が決まると、おれは『坐ることを拒否する椅子』の一つをキッと睨みつけた。

一見、座れなさそうな形をしている。黒々とした目玉が2つ、こちらに視線を向けている。
だが、お前は『坐ることを拒否する"椅子"』なんだ。椅子である以上、座れない道理はない。

おれは、そいつに腰をかけてやった。座り心地は悪く、ゴツゴツしている。快適には程遠い。
だが、おれは構わずオタク尻をそいつにグリグリと押し付けてやった。
どうだ、ざまーみろ。いくら拒否しようが、おれは座ってやったぞ。まいったか。
子供みたいに悪態をつきながら、かくしておれは岡本太郎美術館でオバケに"座ってきた"のであった。

おれはただの人間だが、そのただの人間の発する力強さ、精神の力で、なんでも乗り越えていけるような気がした。






とまぁ、ただ単に展示物の椅子に座ってきただけなんですが、いろいろ思うところ考えさせられるところがあったよって話でした。

冒頭にも言いましたが、岡本太郎美術館、超面白かったです。
だって、企画展のコーナー入って、「へ~これが岡本太郎現代芸術賞の作品か~」とか思って眺めてて、ふと隣見たら作者本人が目の前で公開制作してるもん。ガチで腰抜かしちゃった。


芸術ミリしら人間だとしても、行って損はないと思うので、是非是非どうぞ。

公衆全裸絶叫

おれは警察署で取り調べを受けている。

 

警察官はおれに執拗に問う。

おれは答える。しかし、その答えに納得されることはなく、警察官はおれに同じ質問を何度も繰り返す。

だが、おれの答えは変わらぬ。なぜなら、それしかないからだ。

 

押し問答に疲れ、椅子にもたれかかり息を吐く。ふと、おれが身に纏っている、サイズ感の合わないぶかぶかのシャツが気になる。

 

シャツだけではない。ズボンや下着、果ては靴下まで、サイズ感が合っていない。どうしておれはこんなちぐはぐなコーディネートで居るのか。

 

「だ!か!ら! なんでお前は天下の公道に全裸で飛び出すに飽き足らず、絶叫までしたんだよ!」

「それが正常だからだ!」

 

かくて、官憲の威圧を纏った刑事と、官憲から「臨時措置的に支給された」衣服を纏ったおれは、平行線の一途を辿っていた。

 

38歳、春先。公然わいせつ罪。

町中に全裸で飛び出し、絶叫をしたのち、複数の警察官に取り押さえられる。

服は全部、家に置いてきた。

 

 

なぜ、おれは全裸で叫ばなければいけなかったのか。

おれの本能が、精神(こころ)が、叫ばなければならない、と強く命じたからに他ならない。

 

世の中には楽しいことはさほど転がっていない。

おれはそんな息苦しさに遂に限界を迎え、全裸になって家を飛び出した。

 

そこまでは良かった。

問題は、全裸で飛び出したあと、正気に戻ってしまったことだ。

 

孤独と焦燥、度重なる世間への不満が暴発した瞬間。すなわち、全裸になって町中を走り回ってやる、と決意した瞬間。それはもう脳が沸騰しており、衝動のままに行動に移してしまった。

 

しかし、いざ町中に出てみたら、おれの中の常識人の部分が首をもたげてきた。

おまえは38にもなって何をやっているのだ。世間様に恥ずかしくないのか。こんなことをしてただですむと思っているのか。きっとすぐに捕まり、会社も馘になるだろう。そんなことになるのは嫌だ、恥ずかしい。社会から白い目で見られ、居られなくなってしまう。いますぐにでも無かったことにして、家に戻って服を着たい。

 

おれは、極めて良識的な社会人としての感性を取り戻してしまった。しかし、人々が、奇異の目でおれを見ている。町中に突然現れた全裸の男を見ているのだ。

 

おれは、良識的な社会人に戻りたかった。

だが、もう、戻れない。

全裸で町中に出た時点で、おれは「トチ狂った全裸中年男性」となってしまったのだ。

 

いますぐ泣き叫んで許しを請いたい。もうしません、変な気も起こしません。明日から真面目に働きます。社会様、世間様に合わせた行動を取ります。だから、どうか、おれを「良識的な社会人」に戻してください。

 

だが、もう、戻れない。

 

おれは、叫んだ。これでもかというくらい絶叫した。

これは極めて正常的な防御反応である。

町中で全裸で居る中年男性が良識的なわけがない。

しかし、心は良識的になってしまっている。

ならば、心の方も狂わせなければいけない。

心の狂った中年男性が、町中で全裸になって叫んでいる。なんの矛盾があろうか。とても正常な光景である。

 

正常な心を持った中年男性が、公衆全裸絶叫している。これは異常な光景だ。

異常な心を持った中年男性が、公衆全裸絶叫している。これは正常な光景だ。

 

おれは、「正常」になった。

正常であるためには、叫ばなければいけない。傍からみて狂っていなければいけない。そうでないと辻褄が合わない。整合性は取らなければいけない。

 

「……で、なんで君は、全裸になったあとに絶叫したの?」

「それが正常だからです」

 

取調室の夜は更けていく………

 

 

※この話は今のところフィクションです

『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』 新曲制作プロジェクト! NIJIGAKU Monthly Songs♪ 投稿記録

2024年4月30日


発生。

www.lovelive-anime.jp


1月ごとに200文字以内のSSを投稿しろって……コト!?(絶対違う)



少女思案中…………
















おれの答えはこれや!!!!!!!!!!!!!!!!!

■1月:ウィンタースポーツをするなら1月! ゲレンデで運命の人に出会っちゃうかも…なんて想像していそうなメンバーは?

三船栞子

ウィンタースポーツはあまり経験が無いのですが、こうして皆さんと滑っていると楽しいものですね。
スキーウェアにも個性が出ていて、ついつい見惚れてしまいます。

そんな中、際立って私の視線を引き寄せる存在が一つ。
密かに憧れている貴女。その隣で、並んで滑っているこの瞬間が、とても愛おしいのです。
このゲレンデが、願わくばいつまでも続きますように――。

■2月:2月の寒さは厳しくて、体調を崩しちゃうかも?! そんな時は枕元でこのメンバーのやさしい歌声を聞いていたい…♡

天王寺璃奈

風邪をひいて寝込んでしまった。
心身の健康とはよく言ったもので、いつもは気丈だとしても、身体が弱ると心細くもなるものである。

だが、その心細さを理解しているがため、誰よりも弱く、誰よりも強い存在こそが、天王寺璃奈なのである。

「大丈夫、寂しくなんてさせないよ。安心してほしい」
彼女の紡ぐ歌声 -慈愛- が、響き渡る――。

■3月:春の息吹を感じる3月。 このメンバーはあなたからホワイトデーのプレゼントを待ってるみたい!

宮下愛

文字通り愛を撒く彼女にとって、見返りなど考えたことも無かった。はずだった。
なのに何故だろう、三月十四日を目の前にして、落ち着きがなくなっていくのは。

「太陽になりたいよう」、自分は愛を与える側だと思っていた。
でも、どうしたって、期待を寄せてしまう。答え合わせを待つかの如く。
「さすがの愛さんも堪えちゃうな~、答えだけにっ!」
これもまた彼女の未知なる道なのだった。

※この文は「こいいろアイリス / 小路綾」を聴きながら生成されました
open.spotify.com



■4月:4月と言えばエイプリルフール! このメンバーなら、楽しい嘘やあなたを驚かすためのドッキリを考えているはず!

近江彼方

実は彼方ちゃんは、ねむねむさんなだけではないのです。
ちょっとばかし悪戯を仕掛けちゃう、小悪魔さんなのです。

気になるあの子の油断しているところに、ちょちょいとからかって、慌てる姿を見るのが楽しみ、なんて。
彼方ちゃんもやっぱりわがままお姫様なのかなぁ?

■5月:すっかりあたたかくなって行楽シーズンの5月。 新緑をもっと楽しむために、このメンバーとピクニックに行こう♪

中須かすみ

ピクニックといえば、中須かすみの腕の見せ所である。
自信のある王道コッペパン、ちょっとチャレンジしてみた新作コッペパン、ビックリさせちゃうビックリコッペパン、さまざまな種類が用意されてある。

これも、彼女の「かわいい」の求めた先。中須かすみの世界を、ご堪能あれ!

■6月:雨の日が続いてちょっぴり憂鬱な6月。 でも、こんな季節もあのメンバーとなら、しっとり楽しめそう♡

上原歩

梅雨模様、この時期の薄暗い空を見て、センチメンタルになる。
少し憂鬱だけど、でもそんな気分も嫌いじゃない。痛気持ち良いっていうのかな。

スクールアイドルを始めてからの毎日は、楽しい事ばかりで、とても輝いている。
だけど、だからこそ、こういう感傷に浸る時間も大切にしたい。

楽しいことだけじゃなく、こういった切なさも、みんなと感じていたいから。

※この文は「メランコリック / 大西亜玖璃」を聴きながら生成されました
youtu.be


■7月:七夕に、プールに、海水浴!やりたいことがいっぱいの7月! このメンバーと、予定がいっぱいの夏を全力で遊び倒そう!

エマ・ヴェルデ

日本の夏は、面白い、楽しい、ボーノがいっぱい!
毎日がめまぐるしくて、大忙し!

でもね、こんなに楽しいのは、きっと「日本だから」だけじゃないと思うなぁ。
毎日いろんなことをしても飽きないような、そんなぽかぽかな空間だからこそ。
日本に、いや、虹ヶ咲学園に来て、本当に良かったなぁ。

だから、そんな大切な一日一日を、全力で遊んじゃうよ!
夏は始まったばかりだもんね!

※この文は「夏休みまるっと楽しむ計画 / ガァルマゲドン」を聴きながら生成されました


■8月:昼間は暑くて動けない・・・?! そんな8月の夜をこのメンバーと2人で過ごしたい…♡

ミア・テイラー

暑苦しい太陽がとっぷりと沈み、熱帯夜とはいえ多少はマシになった頃合い。
夜風でクールダウン、なんてのを期待したけど、昼間の名残の熱風が頬をなぜる。全く、やれやれだ。

でも、騒がしい同好会の連中みたいな昼間の猛暑も、夜になれば多少は大人しくなるってもんだな。
こうしてみると良い心地だ。暑苦しい夏ってヤツも、ボクは悪くないと思うね。キミだってそう思うだろう?

※この文は「八月の夜 / Silent Siren」を聴きながら生成されました
open.spotify.com



■9月:少しずつ日が短くなっていく9月…。 夏の終わりの寂しさをこのメンバーと一緒に噛みしめよう。

優木せつ菜

午後6時。この時間の空は青かったはずだが、今では夕焼けに染め上げられている。

夏が永遠でないのと同様に、スクールアイドルも永久に、というわけにはいかない。
だが、大好きを叫び続けることができるのも、どちらも同じだ。

だから、優木せつ菜は、叫んだ。
楽しかった事、分かちあったこと、暮れゆく太陽、静寂と"切なさ"、それらが丸ごと「大好き」だと。

※この文は「キスのひとつで / 佐咲紗花」を聴きながら生成されました


■10月:10月は衣替え。デートのための洋服選びも楽しい季節! コーディネートに頭を悩ませていそうなメンバーは?

桜坂しずく

演じることで印象を七変化させる桜坂しずくにとって、服装は重要なファクターだ。

そんな彼女が今日選ぶ服は、まだ決まっていない。

桜坂しずくは、ただ「演じる」のではない。その背景には、無限の空想が広がっている。
想像力豊かな彼女は、何種類ものコーデ案を前にして、各々の""物語""を紡ぎ出す。

そんな、とめどなく溢れる物語の収拾をつけるには、もう少し時間がかかりそうである。

■11月:勤労感謝の日がある11月。 あのメンバーは頑張るあなたをいつも隣で応援してくれます♪

朝香果林

「仲間だけどライバル」
朝香果林の闘志を燃やすのは、たゆまぬ努力を続ける人を目の当たりにした瞬間である。
彼女だけには負けたくない。

でも、「ライバルだけど、仲間」
そうやって日々を頑張っているあなたを、とても尊敬している。
だから、応援したくなってしまう。
「頑張れ!」

■12月:いよいよ1年の終わり。大掃除などバタバタと忙しい12月。 新しい年に向けて、このメンバーと一緒に準備しよう!

鐘嵐珠

一年の終わり。
お世話になった同好会の部室を、みんなでバタバタ大掃除。

この一年は、たくさんの色々なことがあった。
信念を貫いた、ぶつかった、諦めた、そして、掴んだ――

「どうしたの、ランジュちゃん?」
「なんでもないわ、さぁ、大掃除に戻りましょう!」

この一年間に、部室に、感謝を。
そして次の未来へ――



答え合わせが楽しみですな。



※別に一人を一つの月に限定はしなくても良いと思いますが、自分に対してはあえて縛りを入れました。
※ぼくは気が狂った時にした文章をひり出せないので、勢いに任せて夜更かししながら本文を出力しました。その結果、睡眠不足と日頃の疲労の合わせ技で翌々日にぶっ倒れて会社を休みました。みなさん夜は寝ましょう。
※おれとニジガク思想バトルしたい奴、至急メールくれや。わしは520*13*14、おっさんは1997*07*01、や。

もう二度とは起こり得ない

人は生きていくにあたり、非可逆の恐怖と常に寄り添っている。
典型的なものが、死だろう。


なんでこんなこと突然言い出したかと言うと、とある同人誌即売会で何気なく買った小説コピ本が、死ネタだったからだ。
このコピ本は雷のようにおれの脳を切り裂いていき、少しばかりの時間はおれの心に突き刺さったままとなるであろう。
ただ、この非可逆の恐怖が、作品を昇華させていることも紛れもない事実である。


非可逆の恐怖は、人の生き死にといった大仰なテーマに潜むのみではない。
例えば、コンピュータ上で取り扱うデータ。

音声データなら、「完全体」であるwavから、非可逆圧縮であるmp3へ。
画像データなら、pngからjpegへ。
(雑な理解ではあるが、ものの例えなのでここでは敢えて「完全体」と呼ぶ)



これらの圧縮技術は、「"ほぼ"同じような内容をより少ない情報量で表現できる」という大いなる恩恵と引き換えに、「二度と元には戻れぬ、完全性の放棄」を行っている。


この「より少ない情報量で表現できる」という恩恵は、想像以上に大きい。
昨今のCPUの処理や通信速度の性能向上は、「いかに一度に大量の情報を処理(伝達)するか」と、「いかに少ないデータ量で表現できるか」の双方向の努力があって成し遂げられている、とおれは信じている。
この緻密な、気の遠くなるような積み重ねの努力の結晶が、データ通信の処理能力の向上に多大に寄与している、と考えている。

その大きすぎる恩恵と、”たかだか”データの完全性が失われることを比べると、どちらが重要かは一目瞭然であろう。


これがwavとmp3の音質の違いが聞き分けられる人であれば、データの完全性が失われることが"たかだか"の話ではないため、データを"棄てる"に値する非可逆圧縮を拒否することに対し合理的理由がある。
ただしおれは幸か不幸か馬鹿耳なため、そんな器用な芸当はできない。
HDDとて無限ではない。限りある資源を効率よく利用するのであれば、おれみたいな人間は(支障の出ない音質の範囲で)音源なんか全部mp3で取り込んでしまえばいいのである。



だが実際には、おれはmp3の何倍もデータ量のあるFLAC形式でデータを保存している。
そこに合理的な理由は無い。
mp3という形式が「非可逆である」という事実を知ったその日から、おれはmp3でCDを取り込むのをやめてしまった。
さりとて、wavでデータを保存していくリソースを保持していないし、何よりタグの管理が面倒だった。
そんな中、おれは「可逆圧縮だし、後から完全体に戻せるし安心だわ~」という理由だけでFLACを選定したのである。

つまるところ、おれは「非可逆に対する恐怖」に駆り立てられたのである。



このような行為で何が得られるのかというと、「安心感」である。
おれは安心感を得るために、非可逆の恐怖から少しでも逃れるために、非合理的な選択を取っている。
そして、その結果として安心感を享受し、選択に満足している。


少し昔に、おれは下記の記事を読んだことがある。

この記事の18スライド目にある「デジタル時代の『あたたかみ』の話」に書かれている内容が、まさにおれが享受している「安心感」なのだろう。






と、ここまで大層なことを書いてきたが、CDの音質の話など、所詮取り返しのつく範囲である。
よっぽどな入手困難音源でない限り、非可逆でCDから吸いだしたとしても、極論を言えばCDから取り込み直せばよい話である。
既に手放したとかであれば金がかかる場合もあるが、逆に言えば金で解決可能な範囲でもある。



そんなことよりも、もっと取り返しのつかない非可逆なものを、おれは凄まじい勢いで喪っている。


若さ、時間、体力、20代としての人生経験――
1日、1分、1秒ごとに、これらを喪っている。
音源をFLACで取り込んで「非可逆の恐怖」に抵抗した気になっている間に、これらのものがどんどんと非可逆になっているのである。


だが、この非可逆は決して抗えないものであり、"それ" が非可逆であることを気にしてしまえば、たちまち気が狂うであろう。
しかし、この普遍的に発生する非可逆にいちいち発狂していては、生きていくことなどできない。非可逆に対して鈍感にならなければいけない。

今後おれは生きていくうちに、冒頭で挙げたような同人誌でもなんでもなく、現実で身近な人の死を経験し、否応なく非可逆を自覚させられるだろう。
その時が来たとしても、いずれおれは非可逆であることに鈍感になりながら生きていくだろう。狂わぬように。


いや、非可逆に鈍感になること自体が、既に狂っているのかもしれない。
世の人々は常にこの狂気を傍に置きながら、平静を装って生きているのだろうか。
おれはまだ分からないし、分かるようになるかどうかも分からない。